300年を超える歴史と、一子相伝の製法が作り上げる極上のにごり酢

aub magazine

300有余年、悠久の歴史を越えて続く酢屋。

高橋(庄分酢) 私もあの展示会にはいたんですが、商談が詰まっていてブースに出られなかったんです。後日、「腸活の会社がブースに来ていた」と社員から聞き、そこからご縁がつながりましたね。

庄分酢 15代目 高橋 清太郎さん​

庄分酢本社。大川市有形文化財に指定され、現在も高橋家の住宅として使われている 

玄関口をくぐると、堂々と構えられた「創業三百有余年 庄分酢」の文字 

高橋 私は15代目にあたるんですが、1624年に米と水に恵まれた筑後平野へ先祖が移住して、酒づくりを始めたようです。そこから約100年後、1711年(江戸初期)に4代目が酢づくりを始めたと記録されています。  

高橋 そうなんです。江戸時代には衛生面の設備が不十分だったこともあり、汚染された菌を酒蔵に持ち込むと“火落ち(=酒が腐敗してしまうこと)”といって、お酒づくりそのものをダメにしてしまう。当時は火落ちさせてしまい、廃業を余儀なくされる酒蔵もあったと言われるほどです。記録は残っていないので事実関係はわからないのですが、わざわざ当時の政府から認証をもらってまで始めた酒づくりから酢づくりへ事業を変えたのは、そういった背景が関係していたのかもしれません。 

門外不出、一子相伝で受け継がれてきた製法を記した巻物

高橋 北斗神拳みたいですよね(笑)。酢の製法を記した巻物が残っていまして、長男にしか見せてはいけないという決まりになっています。巻物には「子々孫々継ぐもの以外、見せるべからず」と書かれていまして、代々紡がれてきた酢の製法が記されていますが、私自身も長男でありながら、まだ全文は読めていません。 

高橋 そうですね、見られません。もちろん現場の製法としては受け継がれているのですが、大枠の作り方は変えていないです。まさにシンボル的な存在です。 

高橋 高橋家では、代々「清」もしくは「精」の字を名前として受け継ぐことになっています。これは酒づくり、酢づくりに「水」と「米」は欠かせないということからいずれかの一文字を受け継がれているんです。だから私も幼い頃から跡継ぎとしてやっていくんだろうと思っていましたし、父(現 会長)が誰かに酢の説明をする姿を横で見てきて、言葉の端々から「酢づくり」に懸ける思いは感じてきました。 

400年以上、15代続く高橋家の家系図

100倍の時間を掛けて仕上げる。“濁り”の力を現代に蘇らせる伝統製法。 

高橋 まずこれは、いわゆる「濁り酢」といって、濁りの正体は「酢酸菌」です。「濁り酢」という言葉は、実は最近5-6年で出てきた言葉で、昨今では濾過して濁りを取り除くことが一般的だとされています。300年前の庄分酢では珪藻土濾過そのものが存在しなかったので、濾過せずに酢を作っていました。しかし、近代化が進む中で、濁っていることがクレームの対象になったり、腐っていると思われるようになったことから、徐々に濾過されていくようになりました。 

濁りをあえて濾過せず、風味を生かした「おなかのための甕仕込みにごり酢(aub)」 

高橋 はい、時代の流れで濾過することが当たり前になりながらも、私たちは、昔ながらの魅力を再現したいと考えていました。そんなときに、世の中で濁りの正体でもある「酢酸菌」の魅力が話題になり始め、いろんなニュースで取り上げられるようになるのを見て、「やっぱり!そらみたことか!」と思いました(笑)。 

高橋 伝統的な静置発酵(せいちはっこう)という製法を採用しています。スーパーに並ぶ酢の多くは、大手メーカーさんであれば機械を使って1日で作れますが、うちの酢づくりは丸100日掛かります。もちろん、大量にまとめて作るほうがコストも下げられますし、安く市場に供給できる。ただ、庄分酢ではゆっくり発酵させたほうが原料の栄養分が香りやまろやかな酸味に繋がると考え、この静置発酵にこだわっています。 

高橋 そうですね。近代では金魚鉢のようなタンクに下からモーターで空気を入れ、強制的にお酢の仕込み液に酸素を入れ、早く発酵させます。それに対して、私たちは「甕(かめ)」で仕込むんです。静置発酵の場合は、液の表面に菌膜が張って、甕の中のお酒を少しずつ酢酸に変えていく、それを静かに待つのが静置発酵です。 

「肥前の大甕」が並ぶ様子、庄分酢の蔵に住み続ける蔵付酢酸菌の菌体そのものが入っている 

高橋 うちの場合は、菌が甕で仕込まれるのに慣れている、というのがありますね。酢づくりには「アルコール発酵」と「酢酸発酵」の2種類の発酵が必要なんですが、それぞれ好きな温度が違う。アルコールは涼しいところ(例:東北の日本酒)、酢はあたたかいところ(例:鹿児島の黒酢、イタリアのバルサミコ酢など)が好きな傾向があります。 

高橋 300年前の先祖が試行錯誤を重ね考えた結果、大甕を半分地下に埋める、という現在の作り方に行き着きました。甕を半分地下に埋めることで、甕の中で温度差をつくるんです。地面に埋まった地下の部分は涼しく、日が当たる上の部分は温かい。こうすることで、丸い甕の中で温度差をつくり、対流を生む(アルコールは比重が軽いので自然と上に上がっていく、酢酸は比重が重く自然と下に溜まっていく)。さらには甕の内側はデコボコしていて、菌が住み着きやすい空間になっている。昔ながらではありつつも、理にかなった製法なんです。 

直径約90cm、深さ約120cmの甕、内部はボコボコしており菌が棲み着きやすくなっている

簡単に書き換えられないよう、難しい方の漢数字を使うのが慣習に。かつては文字の癖で誰が仕込んだのかが判別できたという。

高橋 プラスチックの蓋では中に空気が入らず、酸欠状態になってしまうんです。紙の蓋であれば空気の透過性を保つため、呼吸をしながら発酵を支えてくれる。 

高橋 そうですね、正直言ってこの製法はとても手間が掛かるんです。大量生産しようとすると、とてもじゃないがそんな手間は掛けられないと思います。そこは市販の商品との大きな違いですね。いろんな選択肢があって、いろんな良し悪しがあり、いろんなお酢を選べるようになるといいなと思います。 

歴史、伝統、品質を守る、造り手たち。

高橋 酢づくりは4人体制で行っています。酢づくりは酒づくりに比べて「おおらか」だなと思っています。たとえば吟醸酒の場合ですと、厳格に時間管理も行いますし、慌ただしい。わたしたちの酢づくりは、できあがるまでに100日も掛かる上に、発酵もゆっくりです。だからなのか蔵の雰囲気もどことなくのんびりしている感覚があります。暑い日は窓を開けに行きますし、寒かったら人間でいうところのブランケットを掛けてから帰ったりする。毎日少しずつしかできないですが、人間の世話に似ているんですよね。 

風通しをよくするため、天井の空気窓を開ける職人
仕込みは春と秋のお彼岸の時季のみ、米(国産玄米)、水、麹の3つの原料で仕込む
甕の中の水位を測る器具、湾曲した甕の中でも正確に測ることができる

高橋 20代から50代まで幅広い層がいます。嬉しい話があって、以前の製造責任者の親類がまた職人として働いてくれているんですよね。私のような跡継ぎだけが交代していくのではなく、造り手も同じように交代していく必要があるだろうと考えています。 

庄分酢 本社工場製造チーム

高橋 正直迷いはありました。きちんと品質管理をしていただけるだろうか。酢づくりの心臓部分である「蔵付きの菌」を外に出してもいいのか。代々酢づくりをやってきた先祖の思いなども考えると、本当に悩みました。一方、自分たちのこだわりや商品の魅力をより広く伝えられて、発酵業界全体に活力が出るなら、とも思っていました。 
 
5年近く「にごり酢」を販売してきて、良いものができた自負があったし、品質管理にも自信が持てるようになってきた。そんなときに、ちょうど展示会での出会いがあった、これはとてもタイミングがよかったのだと思います。もし1年早くお会いしていてもお断りしていた。そして何より大きかったのは直接私たちの蔵まで足を運んでいただいたこと。自分たちのモノづくりの思いや歴史、製造工程、などを五感で感じていただいた。この人たちなら大丈夫かもしれない。これが決め手でした。

日本の発酵文化の未来

高橋 まあ、やっぱり正直に言うと「ほら見たことか!」という気持ちはありますね(笑)。酢の歴史は紀元前5000年からと言われていて、7000年近く人類が使用してきたもの。人類が初めて手を使って作った調味料とも言われています。酢の持つ力が、いろんな歴史を経て、原点に戻ってきたような認識でいます。 

高橋 絶対に変えてはいけないもの、変えていかなくてはいけないもの、どちらもある。「味はイマイチだけど、これまでの伝統を守らなくちゃいけないからこの製法を続ける」といったことはしたくない。伝統を守りたいからやるのではなく、味がよいもの・身体によいものをつくるために、続けていきたい。 

私たちの製法は本当に手間がかかる。冬は寒いし、夏は暑いし、めんどくさいし、時間もかかる。それでもおいしいものをお届けしたい。酢づくりの製法やレシピ、根幹の部分は変えずに、自分たちの魅力をどう伝えるか、どう見せていくか、そういったことは時代にあわせてどんどん変えていきたいと思っています。 

蔵併設のショップには、酢をアレンジしたさまざまな商品が並ぶ
“酢”一文字を背負った背中は、300年の歴史と酢づくりへの想いを雄弁に語る

コメント

タイトルとURLをコピーしました